第5章
思い出せない時間
育児が始まったのは生後四ヶ月からでした。
一人は心臓の治療で入院したままです。
それまで病院という管理された環境の中で守られていた日々から、
突然すべてを自分で判断しなければならない生活がはじまりました。
何かあったらどうしよう。
その不安が、いつも頭の中にありました。
周りの助けは本当にありがたかったです。
けれど心配してくれる言葉さえ、「未熟な母」と言われているように感じてしまうこともありました。
一人のオムツ交換と授乳が終わると、すぐ次の子。
終わればまた最初に戻る。
休む間のない繰り返しでした。
入院している子のために搾乳し、母乳を病院へ届ける。
それが、離れている我が子にしてあげられる唯一のことでした。
夜になると、小さな泣き声を胸に抱いたままソファで眠っていました。
その頃は、深く眠った記憶がほとんどありません。
今振り返っても、どうやって毎日を過ごしていたのかを思い出せない。
ただ目の前の時間を回し続けていただけだったのです。
八ヶ月後、ようやく三人がそろいました。
息子は、奇跡的に心臓の手術をせずに回復したのです。
長く病院で過ごした息子は、退院したときにはすでに寝返りができるようになっていました。
知らない間に成長していた姿を見て、嬉しさと少しの切なさが混ざり合い、胸が痛みました。
三歳の誕生日を迎えた日、大きな病気もせずにここまで育ったことが、ただ嬉しかったです。
その一方で、
「あと十七年も子育てできるのだろうか」と、途方もなく遠く感じる未来に不安も抱えていました。
その頃、母の存在にどれだけ助けられていたのかを、後になって知ることになります。
育児と日常に追われ、体も心も限界に近づくと、
母はいつも静かに寄り添ってくれました。
そんな母が、ある日倒れたのです。
これまで寝込んだことなどなかった人だったのに。
診断は、末期の大腸がん。
手術からわずか1年。
何の親孝行もできないまま、母は逝ってしまいました。
もっと自分のために生きてもよかったのに。
その想いだけが深い後悔として残りました。
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