第3章
孤独に触れた日
セラピストとしては、ただ前に進んでいた時期でした。
技術を覚え、接客を工夫し人に慣れていきました。
私の中では男性専門とはいえ、リラクゼーションとは体と心の休まる場所という認識でいました。
けれど実際には欲情を満たすために来る人もいたのです。
最初は戸惑いました。
どう向き合えばいいのか分からなかったのです。
ただ、表に出ている目的の奥に
うまく言葉にならない孤独のようなものが見える瞬間がありました。
セラピストとして働きはじめて三ヶ月ほど過ぎた頃、重たい空気をまとったお客様がいました。
いつもと同じように施術を終えてお茶を出すと、深いため息のあと、小さな声で話し始められたのです。
これから東京に進出すること。
会社員やその家族の生活がかかっていること。
重圧でつぶれそうだと。
涙をこらえた声だったのです。
帰り際に「あなたの笑顔と優しい手にやる気をもらいました」とだけ言って帰って行かれました。
一年後、その人は戻ってきて、東京での仕事がうまく動き出したと報告してくれました。
触れたのは短い時間だったのに、人の中の何かは続いていくのかもしれないと思いました。
この仕事をもう少し深く知りたいと感じた出来事のひとつです。
虚勢を張っていても、帰る頃には静かになっている人がいる。
多くを語らないのに、少し軽くなった顔をする人がいる。
触れているのは体でも、
お客様が受け取っているのは別の部分かもしれないと感じ始めたのです。
セラピストとしては年齢的に遅いスタート。
「残り続けるにはどうすればいいのだろう。」
触れていく中で、若さだけでは感じ取れない部分があるのかもとしれないと思いました。
自分のこれまでの歩んできた時間が役に立つ気がしたのです。
この頃から「生と性」というものをわたしの奥深い部分で意識しはじめていたのかもしれません。
ジャップカサイやカルサイネイザンへ向かう始まりは、この時だったのだと思います。